三角関数たとえば x = sin t を図形上で三角比として定義するのと、それを微分方程式 x'' = –x の、初期条件 f (0) = 0, f' (0) = 1 における解と定義するのとでは、思想が全くちがう。前者は斜辺長1の直角三角形の計測からただちにそのグラフが描かれるが、後者の微分方程式はただ空間の各点 x に、中心に向かう、大きさ |x|の加速度を定義しているだけだ。中心から離れれば離れるほど強い向心力がかかるということだ。これはいわば空間の力学的なテクスチャーに関する情報であり、大域的なストラクチャー(グラフ)は初期条件を指定してはじめて姿を現わす。 臨済はこう言っている:「有身非覚体、無相乃真形」。仏の身体と称されるものはどれも仏ではない。姿かたち無きものこそ仏の真の形なのだと。(入矢義高訳注『臨済録』85p、『正法眼蔵』神通章に引用) 微分方程式は無相の真形を記述している。姿なきテクスチャー、より仏教的に言えば因果のテクスチャーを、社会空間のなかに織り上げる。その技を修めるのが仏の道なのだ。そう考えれば、道元のテキストのいたるところで矛盾に遭遇するのはなんら不都合ではない。それはストラクチャーの不連続なのであって、テクスチャーの連続性に何の影響もない。 Think about a mathematical function x = sin t, for example. It’s defined either as the trigonometric ratio or as the solution to the differential equation x" = –x on the initial condition... Continue Reading →
世界の出口 | A Way Out
一神教/多神教という分類があるが、誤解の源泉だと思う。数の問題ではないからだ。 伊勢神宮にはアマテラスとトヨウケの二神が祀られている。これらは対等ではない。トヨウケがアマテラスに仕える関係だ。推測するに、トヨウケとは、古代前期に小さなクニグニが点在していた日本列島で、各クニごとに存在したローカルな主神の一つだった。やがてヤマトがそれらを征服・統一していくなかで、ヤマトの主神アマテラスとローカルな神々との関係を象徴的に示すモデルとして、伊勢のトヨウケが選ばれたのではないか。 A common classification of religions into monotheism and polytheism would be misleading because what really matters is not the number of deities. Ise Shrine, a major sanctuary of Shinto that is the native religion of Japan, has two gods Amateras and Toyowuke on its sacred board. They are not equal to each other;... Continue Reading →
微分された世界 | Differential dharma
物理学者・苑田尚之は「数式は言語である」と言った。もし物理現象を数式なしに日常言語だけで述べようとしたら、長さだけでも100倍は下回らないだろう。複雑かつ膨大な説明を 1/100 以下に圧縮・軽量化してしまう数学という言語を、使わない手はない。 古代インド。王があるとき大勢の高僧を招いてパーティを催した。皆、王の前に出て経典の一節を読誦し、解説する。ところがひとり般若多羅はんにゃたらは何もしない。王が不信に思って問い質すと、般若多羅は言った。わたしは諸縁と我身とを離れたところに在って、今も眼前にある「経」を読誦している。一巻や二巻どころではなく、百千万億巻をずっと誦み続けている。 「我身を離れ」は原文では「不居蘊界」である。蘊は「我身」を成す物理的・心的要素の集積を意味する。「蘊界に居ない」。物心界つまり世界の外部。これを日常言語で語るのは至難だ。日常はまさに蘊界にほかならないのだから。ニュートンはどうしたか。 収縮している宇宙があるとしよう。その宇宙には中心 (O) があって、恒星も惑星も微小な粒子も、すべての天体が O に向かって収縮している。それは次の微分方程式で記述されるものとする: x" = – k x (1) 意味はこうだ。中心 O から距離 x 離れた天体が、その距離 x に比例する大きさの加速度 x" をもって O に向かっている。中心から離れているところほど、大きな加速度がかかってこの宇宙は収縮しているというわけだ(x の前にマイナスが付いているのは、距離とは逆向きに加速度がかかるから)。k は比例定数。話を簡単にするために、 k = 1 としておこう。 微分方程式 (1) を「解く」とは、(1) を満たす x を時間 t の関数 x... Continue Reading →